エピローグ

或いは蛇足

ぼくのお父さん

31 鵺野雪介

ぼくのお父さんは、ぼくが通っている童守小学校の先生です。

いつもはどじで、のんきで、きれいなお姉さんに弱い、ただのおじさんだけど、あくりょうや、悪いようかいが出ると、鬼の手で、やっつけてしまいます。

友達の美きお姉さんや、広お兄さんたちは、お父さんほど頼りになる人はいないと言います。

お父さんはみんなに好かれています。友達もたくさんいます。

でも、ぼくはお父さんがきらいです。

どうしてかと言うと、いつも、お母さんを心配させるからです。

いつでも、だれかに頼まれて、悪いお化けと戦っていて、ときどき大けがをして帰ってくると、お母さんは泣きながら、手当てをしています。

ぼくが、お父さんに、お母さんが心配しているのに、何でそんなにあぶない事ばかりするの、と聞くと、お父さんは、

「人のために、自分のできる事をしているだけだ、でも、お母さんと雪介が危ない時や苦しい時は、必ず側にいるよ」

と、言いました。

ぼくは、その言葉を信じていました、でも、お父さんは、その約束もやぶったので、ぼくは、お父さんがきらいになりました。

お母さんが、ぼくの兄弟が生まれるので、童守病院に入った日に、お父さんは、生徒のために、あくりょうと戦って、大けがをして、同じ病院の玉も先生の手術を受けて、入院してしまったのです。

お母さんは雪女なので、赤ちゃんを生むのが、とても大変なんだそうです。

お母さんは、赤ちゃんを生むために苦しんでいたのに、お父さんは、側にいてくれませんでした。

ぼくも、家にだれも居ないので、先生の家に、泊まらなければならなくなりました。

玉も先生は、もう少しおそかったら、お父さんは死んでいたと言いました。

お父さんが死んでしまったら、ぼくたちはどうしたらいいんだろうと考えると、とてもかなしくなりました。

本当はお父さんが好きなのに、ぼくは、お父さんの事を考えるとすごく腹が立って来て、どうしてもゆるせないのです。

ぼくは、もう、どうしていいか分かりません。

作文はここで終わっている。

これを提出した時の、思いつめた少年の顔が目に浮かぶ。

職員室に一人残った女教師は、軽いため息と共に、もう1綴りの作文を取り出した。

同じ子供が、今日提出したものだ。

つづき

鵺野雪介

ぼくは、お父さんがきらいになって、とてもかなしくなりました。

そうしたら、大人の友達の美きお姉さんが、とっておきの計画を話してくれました。

ぼくのペットの妖怪の時さかは、時間をこえていく事ができます。その時さかといっしょに、昔のお父さんに会いに行ってごらん、というのです。

ぼくは、いい計画だと思いました。

さっそく昔に行ってみました。

子供の頃の郷子先生や、美きお姉さんたちが居ました。

むかしのお母さんの家に泊まりました。お母さんは今とぜんぜん変わっていませんでした。

昔からお父さんが大好きだっんだなって、うれしくなりました。

次の日、学校に連れていってもらいました。今の学校とぜんぜんちがっていて、とても面白かったです。

ぼくは、おとなしくしていようと思っていましたが、お父さんが来ると聞いたら、また腹が立って来て、いろんないたずらをしてしまいました。

むかしのお父さんがぼくをさがしに来て、ぼくは、いろいろ話しをしました。

話しをしていて、ぼくは、何でお父さんに腹が立っていたのか、分かってきました。

ぼくはお父さんの手伝いがしたかったのです。お父さんがけがをしない様に、守ってあげたかったのです。

でも、ぼくはお父さんが大けがをしたのを、見ているだけしか出来なかったから、自分に腹が立っていたのです。

昔のお父さんは、今のお父さんと同じ事を言いました。

「人のために、自分の出来る事をせいいっぱいする事が、一番大事な事なんだ」

ぼくはうれしくなりました。

昔のお父さんも、今のお父さんも、どっちもぜんぜん変わっていなかったからです。

いたずらしている時さかから、鬼の手で生徒を守ろうとしたお父さんは、とてもカッコよかったです。

でも、時さかがけがをしては大変なので、ぼくはあわてて止めました。

ぼくは、しょうらい学校の先生になることに決めました。

はやく大きくなって、お父さんの手伝いがしたいです。

女教師は2綴りの作文を前にして、再び深いため息を吐いた。

3学年最後の作文は、今年の文集に載せる予定の物なのだが、この内容では、他の父兄からクレームが来るのではなかろうか?

しかし、クラス全員が載るはずの文集に、自分だけが載らなければ、少年はどれほど傷つく事か…

それに、子供らしい文章が綴る彼の心は、希望と愛情に満ちている。

第一、生徒が将来を(今のところにしても)決めるエポックメイキングな出来事でもある。

教師として、これを黙殺したり、勝手に添削したりなど、出来るはずが無い。

まあ、いいか。

ここは童守小学校だ。多少不条理な事があっても、大抵の人は黙殺してくれるに違いない。

なにせ、この町の人々は、自分と同じ時を過ごしてきたのだから。

女教師は、傾きかけた午後の日差しがまどろむ校庭に目を向けた。

3学期の終業式は、滞りなく済み、明日の卒業式の準備をする、生徒達の喧燥が、新校舎の講堂から微かに響いてくる。

少年が訪れたあの頃。旧校舎と言われていた場所に、今は新たな校舎が建ち、最新の電子教育機器に満ちた場所となっている。

かつて旧校舎にあった、数々の怪談は、今ではそっくりこちらの校舎のものとなっていた。

それらの物語は、あの懐かしい日々に、自分達が恩師と共に解決した残り香のような物だった。

…ほかにも、多数の本物は存在するが。

「それにしても、あの不思議な子供が、自分の生徒だったなんてね」

自嘲気味に笑うと、彼女は椅子を立ち、窓辺に歩み寄った。

窓の側にある鏡に、自分の姿が映る。

スレンダーな体型は今も変わらない。

作文が運んできた昔の記憶に、すこし唇を尖らせる。

「何がナイスバディよ、時逆め、変なところで胡麻すったわね」

すこし寂しい胸元に、ため息が出る。結構期待してたのに…

美樹が時逆達をよく苛める訳を、今ごろ理解した。

ウエイトコントロールに血道を上げているのも、牛ショック故か…

「立野先生」

数人の子供の声に、彼女は振り返った。

入り口に生徒達がたむろしている。

「先生、お掃除終わりました。それと、これ日誌です」

元気な声で報告すると、とてとてと日誌を持ってくる。

「ご苦労様。もう帰って良いわよ」

「卒業式のお手伝いは?」

4年生と5年生がやっているから大丈夫よ。明日は遅れない様にね」

はーいと可愛い合唱と共に走り去る。

一人だけ残った少年が、おずおずと覗き込んでいた。大きな黒い目と、げじげじ眉毛が印象的な少年。

「郷子先生。ぼく、待ってていい?」

作文の作者は、はにかんだ笑みを浮かべた。

女教師は微笑みながら首を振った。

「さっき、玉藻先生から連絡があってね。お父さんとお母さん。赤ちゃん連れて、今日帰ってくるわよ」

少年の顔が、ぱっと明るくなる。

「ほんと!?

「ええ、うちにある荷物は、後で届けてあげるから、早くお家にお帰りなさい」

「はい!!

はじける様な勢いで少年が走り出す。

小さな足音が遠ざかっていく。

それを聞きつつ、女教師はもう一度ため息を吐いた。

「さてと…美樹をとっちめとかなくちゃ。何が家庭の危機よ、変な事吹き込んで」

無事だったからよかったものの、もし少年になにかあったら…

10年以上を飛び越える時間旅行という、無謀な冒険に焚き付けた元凶に、とにかく何か言わなければ気が済まない。

どうせ、馬の耳に念仏だろうが。

再び校庭に目を投じ、ふざけ合いながら下校していく生徒達を見守っていると、正門に車が止まるのが見えた。

派手な高級車の座席に、3人の人影があった。

女教師の口元に笑みが広がる。

「お帰りなさい・・・ぬ〜べ〜…」

車から降りた長身の男に、女教師がそっと呟いた。

少年が、脱靴場から歓声を上げて走り出てくる、男は大きく腕を広げて、受け止めようと待ち構える。

木枯らしはもう吹かない。2人の回りを、春風が渦を巻いていった。

 

END

 

 

 

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